子供の頃は怖いもの知らずで、何でも触ろうとするし食べようとする。しかし少しずつ五感で「これは危ない、熱い」とか「なんか苦い、臭い」とかを感じ、避けていくようになる。

そうして毎日毎日、経験を積み重ねていくことで、人間は危険を察知し、それを避けることができるようになっていき、それ故に子を残し子孫を反映させてここまで来た。

ここまでは素晴らしいことだと思う。またそこまで大きな話でなくても、子供から大人になるにつれ、「経験を積み知恵を着ける」というのは、人間的に円熟していき、判断も正確になっていくのだと信じていた。

そう、、、、最近までは。ところが最近、少し困ったことが起こっていることに気付いた。それは「全部の先が読めてしまい、進めなくなってしまう」という時があること。


「まだまだ学べることは多分にあるんだよ、若造の分際で”全部の先が読めてしまう”なんて言うもんじゃない」という人がいることは百も千も承知だけど。

騙されることも、失敗することも、それを回避することも、挽回する術も、ある程度どうにかすることができる人脈やお金も、どんどん積み重なってくると、「こうすれば、こう」というのが、なんとなく読めてしまう。

そうすると、面白みがどんどん無くなって行き、興味が極端に無くなってしまう。これには本気で驚いたし、危機感を抱いた。このままじゃ、人生面白くなくなってしまうんじゃないか。

どんな時でも同じ結果が得られる訳ではなく、再現しないことも多いのに、人間はすぐに単純化したがる。それをしていると、脳はどんどん退化してしまう。

そうならないために、あまり深く考えず「面白そう」とか「次は成功するかも」と思って、楽観的に楽しむほうがいいこともある。

子供の頃の「天然の無知」には戻れないが、ここは「養殖の無知」で補っていけたらいいなと思った真夏の夜。無知は特権だったんだな、、、


投資家ブログ一覧を見てみる

エンジェルコラムを見に行く